2006/03/18

『幻想博物館』中井英夫



2年ほど前、世田谷文学館での「寺山修司の青春時代」展。寺山から中井英夫に向けた手紙が展示されていた。若き寺山修司の才能を見いだしたのが、中井英夫であることは有名だが、その手紙には寺山にとっての中井への信頼が見られて興味深かった。

本書『幻想博物館』は、中井英夫による短編の代表作『とらんぷ譚』の始めの書にあたり、13の短編からなっている。『とらんぷ譚』とは、作品群をトランプに見立ててあり、エース(1)からキング(13)までの短編が集められた4冊の本で完結している。これはなかなかうならされる構成である。『幻想博物館』はそのスペエドにあたり、他3冊を参考までにあげると、クローバ『悪夢の骨牌』、ハート『人外境通信』、ダイヤ『真珠母の匣』となっている。

元々さる大学の精神科主任教授だった院長が建てた病院、「流薔園」。ここはただの病院ではない。一般的な病院が患者を治し、社会へ送り返すために作られるのなら、ここは患者である幻視者の夢を蒐集し、幻想博物館として完備するために造られたのだ、と説明が続く。そして物語はここに集まってきている幻視者の夢を中心に展開していくのだ。それぞれの短編は簡潔にまとまっていて文章量も多くはないが、何度も繰り返し読んで愛でたくなるような豊富さがある。なので、毎夜一章ずつゆっくりと読んでいくことになるのだが、読み進んでいくと、それぞれの章のつながりが少しずつ見えてくるように仕掛けられている。

こんなふうに書いていると、よくできたミステリーの域を出ないように見えてしまうが、実際この本を読んでみて、今まで味わったことがないような感覚がつきまとっているから驚いた。

この感覚はどこから来ているのだろうか?怪奇や幻想の世界を描く作家の多くは、何らかの方法である種の病的な感覚を持ち、それによって、魑魅魍魎が渦巻く怪しい世界にアプローチしていることが多く思える。何らかの方法とは、育った環境であったり、薬物投与によったり様々だろう。しかし、中井英夫の場合はきわめて冷静な判断を維持したまま怪しい世界へ入っていく印象がある。そこでは逆に意識が研ぎすまされているようでさえあり、そのことがさらに恐ろしさを感じさせる。とはいっても、冷静な判断を元に怪しい世界を描かれた作品も数多くある。それは、まことしやかな書物や事件記録などを引き出すことによって、そこに描かれる内容の真実らしさを証明していくというエッセイ的な趣きが出るものだ。だが、中井英夫はそれとも違い、あくまで虚構として、言葉という魔力のみで怪しさの漂う世界を構築していく。彼の描く世界にとても真実味があるという点ではリアルであるが、また一方でその世界は現実ではないということも明らかに感じる。前述したエッセイ的な趣きが出るような作品においては、いかに恐ろしく怪奇的で目もくらむほどに幻想的であったとしても、現実の世界の延長としてしかその世界はありえないのに対し、中井英夫の描く世界は現実の世界と決定的に断絶して描かれていて、だからこそ前者よりも高みに位置し、まろやかな豊かさと優雅な雰囲気を持ち得ているように思える。

本書は、第二版の初版。装幀・挿画は建石修志氏による豪華なものになっていて、状態は悪くない。中井英夫の本は版によってとても高価なものもあり、人によってはコレクションしている方もいるようだが、どの版でもその文章の気品は変わらないので、見つけたら一読をおすすめしたい。新刊だと『虚無への供物』を始めとする数冊以外は、全集でしか購入不可のようなので、少しずつ古本でも見つけて、紹介していきたい作家である。2000円くらいだろうか。