今日は
「風にのってきたメアリー・ポピンズ」
「帰ってきたメアリー・ポピンズ」
「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」
について書こうと思います
作:パメラ・L・トラヴァース
訳:林容吉
発行:岩波書店
■メアリー・ポピンズとは何者か■
メアリー・ポピンズは
桜町通り17番地、バンクスさんの一家に
東風に乗ってやって来た乳母です
イギリスの中流家庭では、
お母さんが子供の世話をすることはほとんどなく、
雇われの乳母がつきっきりで子供部屋にいたのです
現在のイギリスでは、メアリー・ポピンズというキャラクターが
すっかり世の中に浸透し、
「良い家庭教師求む」という意味の新聞広告で
「メアリー・ポピンズ求む」というのが出るそうです!
メアリー・ポピンズは つやつやとした黒い髪をもち
やせていて手や足は大きく
小さいキラキラした青い目をして
ちょっと木のオランダ人形に似ています
そしてメアリー・ポピンズは
ひどく辛口で
躾に厳しく
おまけにナルシスト!
■メアリー・ポピンズの魅力とは
けれども
バンクス家の4人の子ども、
すなわち
ジェイン、マイケル、ジョンとバーバラのふたごたちは
メアリー・ポピンズを心から慕います
なぜなら
メアリー・ポピンズの周りには次つぎと不思議なことが起こるから。
夜の動物園の檻に、動物の代わりに人間が入れられていたり
星座たちのサーカスを観たり
ジンジャー・パンの星が夜空にはりつけられたり
夢の中に入り込んだようです、なんて素敵な子供部屋なんでしょう◎
決してメアリー・ポピンズ自身が変わっているのではありませんよ!
とんでもない!
こんなに有能な彼女がおかしいだなんて、有り得ないことです
むしろメアリー・ポピンズは
鼻を鳴らしながら
その奇妙な状況を慌てず騒がず整理していきます
そう、メアリー・ポピンズは
子供におもねっていないから良いんです!
だって、しょっちゅう理不尽なことでバンクス家の子供達を叱るんです。
不思議なことが起こっても、子供達に説明をしようとはしてくれません。
でも、その嘘のない性格を、子供たちは非常に愛すのです。
子供たちは甘い言葉で言いくるめられるのを好みません。
バンクス家だって、
怠け者のロバートソン・アイ、
いつも鼻風邪をひいて子供達を邪険に扱うエレン、
時にかんしゃくを起こすバンクスさん、
気をくさらせていたずらを起こす子供たち、
などなど とても絵に描いたような理想の家庭とは呼べません。
しかし たいていの家庭なんてものは そんなものなのであって
子供たちは 子供として無神経に扱われ 憤慨するものです
その狭い世界、しかし後になって考えてみれば安らかな世界、
それをちゃんと描いているのがメアリー・ポピンズのシリーズです
“わたくしは子どものために書いているのではないというのが、わたくしの堅い信念で、子どものために書くという考えは、てんからわたくしの頭のなかにはないのです”
と作者のトラヴァースは述べています。
子供におもねる作品はつまらない、ということが言えると思います。
それにメアリー・ポピンズは骨の髄から冷たい心根をしてるわけではありません
ほんとうは子供達のことを心から思い遣っています
時には優しい目をしてお話しをしてくれることもあるし、
いなくなる時だって、心のこもった贈り物を残してくれます。
■昔話の手法
作者のトラヴァースはこう言っています
“わたしとしては、いっときたりとも、わたしがメアリー・ポピンズを作りだしたなどと思ったことはありません。きっと、メアリー・ポピンズが、わたしを作りだしたのだと思います……”
彼女は熱心な道教信者だそうです
不勉強なもので 私もタオの思想を理解できてはいませんが、
つまり人間がこの世に生み出した物は何一つ無い、人間はただ世界に隠れている物を見つけるだけ
ということなんだと思います。
世界に隠された原理を語り出そう、というのは古代から営まれてきたことで、
それは神話や昔話となりました。
メアリー・ポピンズも、そんな昔話の手法で書かれていると思います。
例えばそれは、このシリーズ3作とも、大体似たような構成をしていることからも分かります。
・メアリー・ポピンズの来訪
・メアリー・ポピンズの親戚や友人との騒動
・バンクス家の子供の一人が悪い子になる
・メアリー・ポピンズの外出
・メアリー・ポピンズの昔語り(その題材はイギリスの諺やマザーグースにちなんでいる)
・メアリー・ポピンズ帰る
などなど、大雑把に言えばこんな感じです
読んでいただければ分かると思うのですが、
設定は同じだけれど出来事と登場人物が異なる、というようなエピソードが
3作に繰り返し現れます。
幼い私は、何度も繰り返し3作を読み、このリズムを自然と浸み込ませました。
初めからその事に気づいたわけではありません。
考えてみれば、メアリー・ポピンズも
イギリスの一般家庭に奇天烈なことを持ち込む、
神話的人物と言えるのかもしれません。
■その他諸々のこと
挿絵のメアリー・シェパードは、
前回に紹介した『クマのプーさん』を描いたE.H.シェパードの娘さんです
実はメアリー・ポピンズのシリーズは3作で終わりなのではありません。
3回の訪問のあいだに起こった出来事で今まで書かれなかったものをまとめた「公園のメアリー・ポピンズ」、アルファベットの教科書のような「メアリー・ポピンズ ―AからZまで―」というのも出ています
そして3連作を書き上げてから25年後、なんとトラヴァースは
「さくら通りのメアリー・ポピンズ」「メアリー・ポピンズのお隣さん」
の2作を発表しています。
日本では篠崎書林から荒このみさんの訳で出ています。
私もじっくり読んだことはないのですが、確か道教の思想がより濃く表現されていたかと思います。
■メリー・ポピンズのこと
この世の人間は、Mary Popinsを
メアリー・ポピンズと呼ぶ人、メリー・ポピンズと呼ぶ人、
この二種類に分けることができます! 本当です!
メリー・ポピンズと呼ぶのは ディズニーのミュージカル映画を観た人達です
1964年、ディズニーによって
「サウンドオブミュージック」のジュリー・アンドリュース主演で映画化されました
衣装はカラフルですごく可愛いです
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」「チム・チム・チェリー」
なんかの歌も、名曲です! 踊りだしたくなるような曲ばかりです
アニメーションで登場するペンギンもユーモラスですよね
難を言えば、映画の方のポピンズは、なんと性格が優しいんです…
本の方の、あのツンとしたポピンズに慣れた人には、物足りないかもしれません
心がバラバラになっているバンクス家を、
ある日、風に乗ってやってきたメアリー・ポピンズが建て直す、
というストーリーだったと記憶しています
ミュージカル映画として素晴らしい作品なのですが、
見事にアメリカナイズされてしまっています。
ところで主演のジュリー・アンドリュースですが、
彼女は女優だけでなく児童文学作家としても有名なんですよ、ご存知でしたか?
ぜひ「偉大なワンドゥードルさいごの一ぴき」「マンディ」を読んでみてください。
今日の参考図書:「子どもの本の8人」 ジョナサン・コット著 鈴木晶訳 晶文社 1988年