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二年間の休暇

 じぶんが大人になることを実感する瞬間、きっと誰でも経験したことがあるだろうと思います。
 もう子どもではない、もう子どもには戻れない、これからは赤ん坊の生まれた時から遠ざかるばかり、遠ざかるばかりで、そしていつか老人となり隠れゆくのだと

 子どもの抱く漠とした不安は無くなるけれど、呼吸してるだけで嬉しくなる子どもみたく時間は遅く過ぎないし、かすみがかった夢はどんどん具体性を帯びて生活と責任が立ちはだかってくるのです。

 おーやだやだ!
 でも思ってたより悪いことばかりじゃなさそうですね。だってひとつには、オトナは子どもの読めない本を沢山読めます!

 あなたがオトナを実感したのはどんなときですか? 何がきっかけでしたか? 私のきっかけは、十五歳になって、十四歳のゴードンの年を追い越してしまったこと。ゴードンは「二年間の休暇」の登場人物、沈着冷静なアメリカ人の少年です。

 そんなわけで今日はジュール・ヴェルヌ原作の「二年間の休暇」についてお話します。

 日本では「十五少年漂流記」の題で親しまれているこの本ですが、フランス語の原題を忠実に訳すると「二年間の休暇」となるのです。少年少女に大人気なので、様ざまな出版社から様ざまな訳で出ていますが、今日は私の手元にある【福音館書店・1968年・朝倉剛訳】を元に話させていただきます。

 ところで写真に載せたこの「二年間の休暇」、ボロボロでしょう? 
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表紙は完全に本文用紙と離れています。いつ本文用紙がばらばらになるのか不安で仕方ない。本来なら本を守る役割のはずの箱も、紙が痛んでぐずぐずとなり、もはや箱の形じゃなくなっています。

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 それもしょうがないのです。1968年というのはこの本の初版年、幼かった私の父が読みふけり、そのまま大切に取って置かれ、そして娘である私が引き継ぎ、愛読書として至る所に連れていったため可哀相に傷だらけとなってしまいました。我が家でいちばんボロボロの本です。図書館なんかでも子どもたちに人気のある本ほど壊れやすいのだそうです。愛されてる本の証ですね!

 フランスは絵本が多い代わりに児童文学は少ないそうです。しかも絵本はアートブックとして親しまれているのであり、子供向けの本に関心が高い、というわけではなさそうなんです。フランス文学は洒落て難解だし、フランス映画の恋人たちは“ベッドのなかでも哲学談義をする”くらいのお国柄。
 それを反映してか、フランスを代表する児童文学者のジュール・ヴェルヌも、むしろ科学読み物の凄腕作家として有名です。例えば「八十日間世界一周」「モロー博士の島で」。我がbookpickorchestraでも紹介したことがあります⇒http://www.bookpickorchestra.com/contents/sougen/index_j.html(真ん中あたり)  ほんとうは創元推理文庫にのっちゃうような作家さんなんですよ。
 そして彼はフランス人ですので、イギリスのことがあまり好きではないらしく、「グラント船長の子供たち」「海底二万海里」「神秘の島」は、イギリスに虐げられたインドの気高き貴族(とほのめかされる)ネモ船長(ネモは誰でもないの意)を登場させる三部作をとっています。
 彼の先見の明のある科学観を例に挙げると、「神秘の島」のなかで『将来は水素がエネルギー源になる』というような予言めいた台詞があるくらいです。19世紀の後半のひとがですよ。すごいでしょう?

 脱線しますが「海底二万海里」はディズニーでアニメ化されていますし、日本アニメの「ふしぎの海のナディア」の原案にもなっています。東京ディズニーシーには「海底二万マイル」のアトラクションもあります。潜水艦に乗って海底に潜り、深海の生物に遭遇したり、冒険気分の味わえるとても楽しいものですが、原作とはあまり似ていません。
 「八十日間世界一周」は映画化されていますね。最近ではジャッキー・チェンがコミカルに脚色したものをやっていました。

 ヴェルヌの素晴らしいところは、想像力をかきたてる精密な描写です。まるで自分が海底に潜っているような、自分が孤島に取り残されているような、あの臨場感です。版画の挿絵がその魅力をいっそう高めています。
 冒険が大好きな、大人の干渉のない遊びを求めている、そんな子供たちが夢中になるのは当たり前のことです! しかも「二年間の休暇」は子どもたちが主人公なんですよ、素晴らしい。
 登場するのは十五人の子供たち。黒人のモコ(国の記述無し)、アメリカ人のゴードン、フランス人のブリアンとジャック、その他全員はドニファンを筆頭にしたイギリス人。いちばん上は十四才、いちばん下は八歳。ある日彼らはある事故によって、大人の乗組員の乗っていない船《スルギ号》で、大嵐に遭い難破してしまいます。たどりついたのは無人島です。しょうがなく彼らは子供たちだけで生き抜く決心をします。島の名前を自分たちの母校にちなんでチェアマン島と名付け、大統領を決め、日々の日課を決め、野鴨や鴫を狩り、博物学の知識を駆使して茶ノ木や砂糖かえでを食料にします。なんて魅力的な生活でしょうか!
 しかし、そこにブリアンとドニファンの諍いがつきまといます。ゴードンは心を痛めて仲介しますがどうにもなりません。そしてスルギ号は何故漂流したのか、という謎も残ったままです。そして無人島のはずのチェアマン島に怪しい影が現れ――
 
 幼い私にとって、十四歳のゴードン、十三歳のドニファンやブリアンは充分にお兄さんでした。彼らの勇気ある誠実な姿勢からたくさんのことを学びました。

 続きは是非読んでみてくださいネ◎

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2007年05月25日 07:54に投稿されたエントリーのページです。

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