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2007年03月 アーカイブ

2007年03月11日

クマのプーさん/プー横丁にたった家

 初回の今日はこのブログのタイトルの由来となった「クマのプーさん/プー横丁にたった家」についてお話します。『百町森』というのはプーくまやクリストファー・ロビン、ウサギやコブタの住んでいる森の名前なんです。
 プーがちいさい黒雲に化けてミツをとろうとした、プーがウサギの穴におなかをつかえさせた、プーがのーす・ぽールをはっキンした、あそこなんです。

 皆さんはもう プーくま とは親しい仲でしょうか? このブログの右上にいる男の子のシルエットがクリストファー・ロビンで、頭をはしご段にぶつけながら男の子といっしょに階段を降りてくるのがプーくまです。あの、まぬけで、午前十一時にハチミツを一口やるのが大好きな、気の好いくまです。

 プ-のシリーズは「クマのプ-さん」と「プ-横町にたった家」の2冊から成っています。
hyacchou.jpg


 主人公のクリストファ-・ロビンは実在していて、ほんとうに作者A.A.ミルンの息子です。登場人物のプ-もコブタもウサギもフクロもイーヨーもカンガもルーもトラ-も、ほんとうにクリストファー・ロビンの持っていたぬいぐるみがモデルになっています。ミルンは、幼い息子の姿に、自分の中に眠る幼心を重ね合わせ、あんなにやさしい話しを書いたのです。

 1冊目は、父であるA.A.ミルンが、息子のクリストファ-・ロビンにお話をする形をとっています。物語りを口頭で伝える、というのは幼いころにみなさんも親御さんにしてもらった経験があるかと思いますが、臨場感があってとても楽しいものですよね! しかもそのお話には、クリストファ-・ロビンのぬいぐるみ、またクリストファ-・ロビン自身も登場人物として出てくるのです。
 プ-くまはぬいぐるみ故ちょっと間の抜けたことをやらかしますが、クリストファ-・ロビンは「ばっかなくまのやつ!」と愛着をもってプ-を見守り手助けしてやります。ぬいぐるみばかり住んでいる百町森において、つまり幼少の子供部屋において、クリストファ-・ロビンは頼もしく全てを解決してくれる存在です。

 ちょっと肩肘の張ったことも言いますと、口承文芸というのは、人間が言葉を持つようになるのと同時に生まれた、非常に原始的な文学の形です。例えば神話や昔話。それは語り手と聞き手を必要とし、聞き手も物語りの内容を左右する大切な要因となるのです。
 児童文学はこのことをよく知っていて、語りの形式をとったお話がたくさん作られてきました。なにせ子供は聞き語りを非常に喜ぶんです。近所の図書館で「おはなし会」というのが開かれていませんか?  そして語りかけるように書かれた、読むだけで情景が浮かんでくるような文章は、児童文学だけでなく大人の文学においても重要な要素です。
 
 そんなつまらない分析は置いておいても、ミルンは幼い息子の目をとおして、おだやかで可愛らしく、かつすぐに消える運命をもつ"幼少時代"というのをあぶりだしたのでした。何の心配もない世界です。子供らしいまちがいも訂正されず、そのままに受け取られる世界です。なんにもしない、ただ気苦労も無く遊ぶのが全て、暮していくのが嬉しい世界です。まるで黄金色のうたたねのような

 しかし2冊目の「プ-横町にたった家」において、子供部屋の世界は変化していきます。当然育ち盛りのクリストファ-・ロビンはぐんぐん成長してしまいます。彼は勉強を始め、ぬいぐるみたちに会う時間も短くなっていきます。

  ――「午前ちゅう、クリストファー・ロビンが、なにをするかと? あの人は、学問をしているのじゃ。あの人は、教育をうけとるのじゃ。あの人は、知識をキンキュー――ということばを、クリストファー・ロビンはつかったと思うが、わしはべつのことをいっとるかもしれん――しとるのじゃ。」(「プー横丁にたった家」第5章のなかのイーヨーの台詞)

  ――クリストファー・ロビンは、いってしまうのです。なぜいってしまうのか、それを、知っている者はありません。なぜじぶんが、クリストファー・ロビンのいってしまうことを知っているのか、それを知る者さえ、だれもないのです。けれども、森じゅうの者は、どういうわけか、ひとり残らず、とうとうそういうことになるのだということを知っていました。(「プー横丁にたった家」最終章冒頭)

 いちばんさいご、クリストファ-・ロビンはプ-くまと共に"魔法の丘"へ出かけます。ずっと子供のまま遊んでいられる魔法の場所です。クリストファ-・ロビンはこれからどんどん大人になっていくでしょうが、彼の幼心だけは、最愛のプ-くまとずっと一緒に秘められたところにいるのです。

 ミルンはイギリスの有名な雑誌「パンチ」に記事を書く一方、既に「わたしがこどもだった頃」という詩集で文学者としての地位を確立していました。そしてこの「くまのプ-さん」で大絶賛を受けます。
 プ-シリーズに雰囲気ぴったりの挿絵をつけたE.H.シェパードの功績も忘れてはなりません。本のプ-、といえば皆さんもひとり残らず同じ絵を思い浮かべることと思います。彼はケネス・グレアム「たのしい川べ」や自身の著作「チム船長のおはなし」でも有名です。

 けれども自身の幼い時期を世界中にみつめられることとなったクリストファ-・ロビンはどのような心境だったでしょう。一説には本のクリストファ-・ロビンのモデルはクリストファ-・ロビンではなく、その小さな弟とも言われています。ともかく彼は父親と不仲となってしまいました。僕はあんなに純粋じゃない、と彼は述べています。

 どうです、児童文学の名作一冊をとっても、大人の本に負けないくらいのドラマが待ち受けているでしょう?

 こんなすばらしい本を日本に初めて紹介したのが、児童文学作家かつ翻訳家かつ編集者の石井桃子さんでいらっしゃいます。なんと今年の3月10日に百歳の誕生日を迎えられました! 

 まさに今、銀座の教文館に入っているナルニア国という児童書専門店にて、石井桃子さんの誕生日を祝うフェアーが開かれています。レトロな長細いビルの6階です。小さい時から石井桃子さんのご本を読んで育ち、成長してから石井桃子さんの百歳を祝える喜び。これまでもこれからも石井桃子さんのご本は日本の子供達に愛されていくでしょう。
 私は10日に遊びに行ったのですが、子供からおばあちゃんまで全ての年齢層のひとが石井桃子さんの本を読みにナルニア国を訪れていて、涙ぐんでしまいました。

 教文館 http://www.kyobunkwan.co.jp/
 ナルニア国 http://www.kyobunkwan.co.jp/

 石井桃子さんの名前を知らないひとは多いでしょうが、彼女の関わっている児童書や絵本を読んだことのないひとはきわめてまれでしょう。いやあ皆さんが気づいていないだけですって! 石井桃子さんがいなくては日本児童文学界は非常な遅れをとっていたでしょう。恐ろしいことです。
 
 また、石井桃子さんは御自宅を「かつら文庫」として近所の子供たちに解放し、日本の家庭文庫の道を開かれました。現在「かつら文庫」は「東京子ども図書館」という団体に託されています。
 ミーハーな私は去年見学に行ったのですが、住宅街のまんなかに小じんまりとした図書館があり、棚にはずらりと海外日本のすばらしい名作が並び、次々に子供たちが遊びに来て、座り込んで本を読み聞かせてもらっていました。日本にこんな場所があったのか!と感銘を受けた瞬間でした。

 東京子ども図書館 http://www.litrans.net/maplestreet/tklib/

 石井桃子さんが初めてプ-に出会ったのは、あの犬養毅首相のお孫さんにクリスマスに語り聞かせたのが最初だ、という逸話を知っていますか?
 まったく私なんかの口からは石井桃子さんの業績を語り尽くすことはできません。今月号の 「yomyom」 「MOE」 「AERA」 などに特集されてますので、ぜひぜひ読んでみてください。立ち読みでもいいですから!

 ともかく、海外翻訳児童文学において"翻訳"というのは大切です。作品の神髄をみきわめ、外国語文法を直訳するのでなく、その作品に合った日本語を選び、作品を再構築するのです。日本と異なる文化の文章は子どもたちを魅惑し、それをお伽の妖精の世界と混同するようになります。
 プ-さんの、あの簡明で美しい文章。かつ石井桃子さんにしか出せないような言葉の雰囲気。

  ――ふしぎだな
     クマはほんとに
     ミツがすき
     ブン! ブン! ブン!
     だけど、そりゃまた
     なぜだろな
     (「クマのプーさん」第一章、プーのつくったみじかい歌)
 
 最後に児童文学のキャラクター化について述べようと思います。クマのプ-さんはディズニーに著作権を買われ、世界的に有名なマスコットになりました。「あの黄色い熊なんてプ-じゃない」「あれはあれで良いものではないか」「両方を知り、幾つもの表現法法から作品理解を深めることが必要」「ディズニー・プ-大好き!グッズもたくさん持ってます」などなどなどたくさんの意見があります。
 ディズニーが挿絵画家E.H.シェパードの遺族との裁判に負け、プ-の版権を回復できなかった、というニュースも入ってきました。

 http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_02/g2007021903.html

 今後どうなるのか、注目されるところです。

2007年03月28日

風にのってきたメアリー・ポピンズ

今日は
「風にのってきたメアリー・ポピンズ」
「帰ってきたメアリー・ポピンズ」
「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」
について書こうと思います

 作:パメラ・L・トラヴァース
 訳:林容吉
発行:岩波書店


■メアリー・ポピンズとは何者か■

メアリー・ポピンズは
桜町通り17番地、バンクスさんの一家に 
東風に乗ってやって来た乳母です

イギリスの中流家庭では、
お母さんが子供の世話をすることはほとんどなく、
雇われの乳母がつきっきりで子供部屋にいたのです

現在のイギリスでは、メアリー・ポピンズというキャラクターが
すっかり世の中に浸透し、
「良い家庭教師求む」という意味の新聞広告で
「メアリー・ポピンズ求む」というのが出るそうです!

メアリー・ポピンズは つやつやとした黒い髪をもち
やせていて手や足は大きく
小さいキラキラした青い目をして 
ちょっと木のオランダ人形に似ています

そしてメアリー・ポピンズは
ひどく辛口で
躾に厳しく
おまけにナルシスト!


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■メアリー・ポピンズの魅力とは


けれども
バンクス家の4人の子ども、
すなわち
ジェイン、マイケル、ジョンとバーバラのふたごたちは
メアリー・ポピンズを心から慕います

なぜなら
メアリー・ポピンズの周りには次つぎと不思議なことが起こるから。
夜の動物園の檻に、動物の代わりに人間が入れられていたり
星座たちのサーカスを観たり
ジンジャー・パンの星が夜空にはりつけられたり
夢の中に入り込んだようです、なんて素敵な子供部屋なんでしょう◎

決してメアリー・ポピンズ自身が変わっているのではありませんよ!
とんでもない!
こんなに有能な彼女がおかしいだなんて、有り得ないことです
むしろメアリー・ポピンズは
鼻を鳴らしながら
その奇妙な状況を慌てず騒がず整理していきます

そう、メアリー・ポピンズは
子供におもねっていないから良いんです!

だって、しょっちゅう理不尽なことでバンクス家の子供達を叱るんです。
不思議なことが起こっても、子供達に説明をしようとはしてくれません。

でも、その嘘のない性格を、子供たちは非常に愛すのです。
子供たちは甘い言葉で言いくるめられるのを好みません。

バンクス家だって、
怠け者のロバートソン・アイ、
いつも鼻風邪をひいて子供達を邪険に扱うエレン、
時にかんしゃくを起こすバンクスさん、
気をくさらせていたずらを起こす子供たち、
などなど とても絵に描いたような理想の家庭とは呼べません。

しかし たいていの家庭なんてものは そんなものなのであって
子供たちは 子供として無神経に扱われ 憤慨するものです

その狭い世界、しかし後になって考えてみれば安らかな世界、
それをちゃんと描いているのがメアリー・ポピンズのシリーズです

“わたくしは子どものために書いているのではないというのが、わたくしの堅い信念で、子どものために書くという考えは、てんからわたくしの頭のなかにはないのです”

と作者のトラヴァースは述べています。
子供におもねる作品はつまらない、ということが言えると思います。

それにメアリー・ポピンズは骨の髄から冷たい心根をしてるわけではありません
ほんとうは子供達のことを心から思い遣っています
時には優しい目をしてお話しをしてくれることもあるし、
いなくなる時だって、心のこもった贈り物を残してくれます。


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■昔話の手法


作者のトラヴァースはこう言っています

“わたしとしては、いっときたりとも、わたしがメアリー・ポピンズを作りだしたなどと思ったことはありません。きっと、メアリー・ポピンズが、わたしを作りだしたのだと思います……”

彼女は熱心な道教信者だそうです
不勉強なもので 私もタオの思想を理解できてはいませんが、
つまり人間がこの世に生み出した物は何一つ無い、人間はただ世界に隠れている物を見つけるだけ
ということなんだと思います。

世界に隠された原理を語り出そう、というのは古代から営まれてきたことで、
それは神話や昔話となりました。

メアリー・ポピンズも、そんな昔話の手法で書かれていると思います。
例えばそれは、このシリーズ3作とも、大体似たような構成をしていることからも分かります。

・メアリー・ポピンズの来訪
・メアリー・ポピンズの親戚や友人との騒動
・バンクス家の子供の一人が悪い子になる
・メアリー・ポピンズの外出
・メアリー・ポピンズの昔語り(その題材はイギリスの諺やマザーグースにちなんでいる)
・メアリー・ポピンズ帰る

などなど、大雑把に言えばこんな感じです

読んでいただければ分かると思うのですが、
設定は同じだけれど出来事と登場人物が異なる、というようなエピソードが
3作に繰り返し現れます。

幼い私は、何度も繰り返し3作を読み、このリズムを自然と浸み込ませました。
初めからその事に気づいたわけではありません。

考えてみれば、メアリー・ポピンズも
イギリスの一般家庭に奇天烈なことを持ち込む、
神話的人物と言えるのかもしれません。


■その他諸々のこと


挿絵のメアリー・シェパードは、
前回に紹介した『クマのプーさん』を描いたE.H.シェパードの娘さんです


実はメアリー・ポピンズのシリーズは3作で終わりなのではありません。
3回の訪問のあいだに起こった出来事で今まで書かれなかったものをまとめた「公園のメアリー・ポピンズ」、アルファベットの教科書のような「メアリー・ポピンズ ―AからZまで―」というのも出ています

そして3連作を書き上げてから25年後、なんとトラヴァースは
「さくら通りのメアリー・ポピンズ」「メアリー・ポピンズのお隣さん」
の2作を発表しています。
日本では篠崎書林から荒このみさんの訳で出ています。
私もじっくり読んだことはないのですが、確か道教の思想がより濃く表現されていたかと思います。


■メリー・ポピンズのこと


この世の人間は、Mary Popinsを
メアリー・ポピンズと呼ぶ人、メリー・ポピンズと呼ぶ人、
この二種類に分けることができます! 本当です!

メリー・ポピンズと呼ぶのは ディズニーのミュージカル映画を観た人達です

1964年、ディズニーによって
「サウンドオブミュージック」のジュリー・アンドリュース主演で映画化されました

衣装はカラフルですごく可愛いです
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」「チム・チム・チェリー」
なんかの歌も、名曲です! 踊りだしたくなるような曲ばかりです
アニメーションで登場するペンギンもユーモラスですよね

難を言えば、映画の方のポピンズは、なんと性格が優しいんです…
本の方の、あのツンとしたポピンズに慣れた人には、物足りないかもしれません

心がバラバラになっているバンクス家を、
ある日、風に乗ってやってきたメアリー・ポピンズが建て直す、
というストーリーだったと記憶しています

ミュージカル映画として素晴らしい作品なのですが、
見事にアメリカナイズされてしまっています。


ところで主演のジュリー・アンドリュースですが、
彼女は女優だけでなく児童文学作家としても有名なんですよ、ご存知でしたか?
ぜひ「偉大なワンドゥードルさいごの一ぴき」「マンディ」を読んでみてください。

今日の参考図書:「子どもの本の8人」 ジョナサン・コット著 鈴木晶訳 晶文社 1988年

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