2005/10/22

『ぺてん師列伝 あるいは制服の研究』 種村季弘



本の最後にある、他の著書の紹介を見てみると、シリーズ名が「種村季弘のラビリントス」と題されてあって、『吸血鬼幻想』、『薔薇十字の魔法』、『壺中天奇聞』、『パラケルススの世界』といったタイトルが並んでいる。種村季弘の名前は知っていたが、不勉強だったので、この人は澁澤龍彦みたいな人なんだろうと勝手に思っていた。なので、先のタイトルを見て、まあこれじゃあ仕方ないとも思ったが、そんなことでは稲垣足穂なんかも一緒くたになり何がなんだかわからなくなってしまう。どちらにしろ読んでないのはよくない。

どうしても、澁澤龍彦がまとわりついてか、目次を見て、一項目ごとにテーマに一貫した話が書かれていると思ったが、目を通してみるとそうではない。初出はユリイカで1981年に連載されていたもので、2、3回で一つの話になっている。

1つ目の話「ケペニックの大尉」は、こう始まる。

一九〇六年十月十六日午後一時すこし前、ベルリンのプトリッツシュトラーセ駅の方からやってきた一人の制服の大尉がプレッツェン湖水泳プール訓練場所属の哨兵小隊の一行を呼びとめた。下士官が一人、兵隊三人の小隊編成である。
(p.9)

語り口は、緊張感ある当時の状況を感じさせ、この話が何かはわからずいきなり事件に巻き込まれる。なかなかうまい。コロンボ的展開といえば、それまでだが、本編ではその効果がうまく使われている。この話の中心は、始まりで「一人の制服の大尉」であるウィルヘルム・フォイクトである。だが実は彼は大尉でもなんでもない。ただのうだつの上がらない小市民である。その小市民が制服の力により、とんでもないぺてんをやらかすのである。事件そのものがとても面白く、題材がいいとも言えるが、種村季弘に感心してしまうのは、その扱い方である。読み進むにつれて、この一事件から話がうまく膨らんでいき、難解な印象を受けずに、歴史や社会構造の話まで聞かされてしまう。どこかで四方田犬彦が澁澤龍彦の文章について、難解な言葉を使いながら、とてもわかりやすい、というようなことを書いていた。もちろん少し趣が違うにしろ、この指摘は、種村季弘にも当てはまるかもしれない。

やっぱり良かった、という印象だが、たいてい前もっての期待があると、落胆が大きいもの。期待にそぐわぬというのは、すごいことである。岩波現代文庫から新刊でも出ていて1050円で買えるが、こっちはハードだし、装幀もこの方が良い。装幀家の名前は見あたらないが、裏表紙に「Eureka」とあるから、雑誌「ユリイカ」で使われていたものを使ったんだろう。裏表紙の見返しに読んだ人のサインがあるが、これもまた良い。横顔のイラストと謎のアルファベットが並ぶ。マジック・ペンの迷いのない筆跡からみて、ただ者ではない予感もする。もちろん、ただ者の可能性も高い。んー、内容がいいから1200円くらいだろう。

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