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歩きながら考える( 20050514sun)
みなさま、先日のゴールデンは如何な輝きでしたか?やすみやすみな生活を始めて長いので、休みというもののありがたみみたいなものにかなり鈍感になっている今日この頃ですが、みんなが一斉に休んでいて、なんとなく世間の風一般ものどかな雰囲気の中に自分が混ざっているというのは、とても新鮮なものがありました。
さて、で、私のゴールデンといえば、ささやかな遠出。出かけたのは世田谷です。
世田谷といえばフィッシュマンズの「宇宙・東京・世田谷」で、それは、音楽というより題名の勝利で、(いや音楽も好きですよ)イームズ夫妻による「powers
of ten」的な、つまり世界がぐんぐん近くにくるかんじのイメージの着地点としての場所、それだけでしかなく。(あるいは隣人が愛してやまない街であることとか。)でも、私のフィールドではない、と常々思っていたのですね。なんだろう、うまくいえないけれど、優しすぎるのです。すべてが満たされているかんじとか、満足しきっている感じとか。安定しすぎていて、それだけに不安・・・なんて言って、ほとんど、足を踏み入れたことがなかったのですが。食わず嫌いというかイメージだけで敬遠していました。
なので今回の世田谷歩きが最長の世田谷滞在時間だったような気がします。なぜかというと行きたい所が世田谷にたくさんあったから。芦花公園の世田谷文学館「宇野千代」展と桜新町の長谷川町子美術館、それと東京を切り取った写真が並ぶという用賀は世田谷美術館の「ウナセラ・ディ・トーキョー」展。でも、電車が通ってない。横にしか。よい乗り換えをするには一度新宿なり、渋谷なりのターミナルに出なきゃならない。そんな無駄をするくらないなら、歩いてまえ。という感じで、今回は「世田谷歩こう会」を発足したのでした。(欲を言えば、弦巻の向井潤吉アトリエにも行きたかったのですが。これは時間的にむりで断念)
最近、歩くことが好きになっています。春だからでしょうか。いい季節ですよね。ザワザワするけれど、今の自分がアッパーすぎて、ちょっと怖いと思ったりもするけれど、でもこの季節は歩くための季節だと思います。
歩くことは昔から好きだったんです。というか、歩かざるを得ない場所に住んでいたので、必然と歩くことになんの疑問もなかったし、今でも1時間くらいなら、さくっと歩けます。
ただ、東京にきてからは、歩くことより、乗ることの方が多かった。だって、いっぱいいろいろ通ってるんだもん。犬も歩けば、的に地下鉄にぶつかる。JRにぶつかる。ああ、じゃあ、あそこで乗り換えて、ちょっと待てば、行けるや。なんて、一番効率のいい行き方を携帯で検索しちゃったりして。
でも、ちょっと待って。実は歩くことが一番よかったりする。文明の機器にだまされることなく、がんばって歩こうよ、というほど鼻息ではない。がんばってぜえぜえするくらいなら、電車に乗ろう。でも、あいつらにだまされてはいけない。近い顔して、実は遠回りをしているということは往々としてあるのです。歩いた方が早い。そういう感覚で歩いてます。あるいは時間があるから乗り換えずにちょっと歩いてみようかな、というかんじで築地から東京まで。千駄木から小石川まで。深川から茅場町まで。神保町から大塚方面などなど。電車の蛇行するかんじも悪くはないけど、でも歩いていると、地下鉄や電車では通り過ぎるだけのまちまちがぐっと、表情を持って現れてくる。かわいい建物や、あたらしくできるビル、渋いカフェなど。歩いているときはいろんなことが頭の中に、浮きつ、浮かびつ消えて行く。メモをとるほどでもない、ささやかな考え。
「歩きながら考える」という本、というかインディペンデント雑誌があって、実はちゃんと内容は見ていないのですが(すいません。)、タイトルが本当にいいなあと見るたびに、その言葉を考える度に思います。昔、久々の友人と六本木で会っていて、それから田町のほうに用事があったとき、よし、じゃあ歩こう、歩きながら話そうよ。というのでなんとなく「歩きミーティング」なるものに突入したことがありました。それは「ミーティング」と呼ぶほど、何か決まるわけでもないのですが、共通の友人のこと、自分のこと、通りがかった店のことあれこれなどなど、布に糸をにちくちくに縫うように、絶え間なく会話が進んで、自分たちも進んで、とても面白かったのです。
もっと大きなきっかけは、去年の夏なんですが、元ダムタイプ(という表現が適切なのかはまた別として)で、現在は「共有空間研究家にして探求家」(私が勝手に名付けまし
た)の小山田徹さんのワークショップに参加させていただいたのがきっかけで京都のまちを一緒に散歩させていただいたことが大きいです。小山田さんといえば、「歩く」人というかんじ。いやはや、よく歩きました。四条河原から、吉田山を抜けて、小山田さんお気に入りのお寺を抜け、三条あたりまで。かれこれどれくらいだっけな?お昼にあって、夕方に別れました。歩く歩く小山田さんの後をぞろぞろ歩いて、お弁当食べたり、カフェで憩ったり。ワークショップで作った「カメラオブスクラ」を持って歩きました。「暗い部屋」という意味のカメラの原型のその茶色い箱の丸い穴からは、風景がぼんやりとした輪郭のまま、そして左右が反転した状態で目に映る。消えて行くその風景が惜しくて、穴からデジカメで写真や30秒しかとれない無音の映像を撮りました。家に帰って、音楽をつけました。
同じことを今回の世田谷でもやってみました。やっぱり世田谷の空気はやさしかったです。やさしくて、胸がちょっとつまりそうなくらいになりながら、撮った映像は、カメラオブスクラの撮れる世界観にばっちりで。
あるける、ということはとても幸せなかんじだなあ。と思います。時間があれば、歩いてみてください。疲れたら、バスがある。夜中すぎたら、タクシーがある。(でも終電のがして歩いて家に帰るかんじって秀逸ですよ)最近、読み始めていて、読むたびに軽い嫉妬を覚える角田光代さんの『これからはあるくのだ』ではないですが、(このタイトルと文章はまたこの話とは違ったニュアンスなのですが、同書のほかのエッセイには「歩く」)ことについてとてもいい記述があります。)これからは、「あるく」ことや、自分の体を大切にする、それが今のテーマ。(Bonne)
あるきながらかんがえる:http://www.arukan.net/
世田谷文学館:http://www.setabun.or.jp/
世田谷美術館:http://www.setagayaartmuseum.or.jp/
長谷川町子美術館:http://www.hasegawamachiko.jp/
*カメラオブスクラで撮った画像はこちらで見れます。世田谷歩きの画像は現在編集につき、もうしばらくお待ちください。
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