歯磨き読書(20040109sun)

日曜の昼間に、新宿のルノアールでこの文章を書いています。右隣では黒スーツでノリノリのお姉さんが純朴そうな大学生風のメガネ男子に見た目通り怪しそうな内容の営業の仕方を教え、左隣では完全にデジタルおたくのおじさん2人組がPCを3台並べてスカイプをしたり「69」のDVDを観たりして楽しそうで、ぼくはというと今日は夜にブックピック今年初のミーティングなのでこうしてコーヒーフロートを飲みながらあと何時間粘ろうかと考えたりしていますが、こんな状況で両隣それぞれの会話を何かと分析的に聞いてしまうのは(そういえば『relax』の連載でルノアールをレポートするのがありましたがあれってまだ続いてるんですかね)、ぼくがいま毎日歯磨きをしながら読んでいる本が『物語の構造分析』だからだったりします。

思えば昨年のお正月のこの「日記的用語集」も「永江朗」で書かせていただいたのですが、今日も偶然元ネタは永江さんです。最近とみにリリースが多い中、アトリエ・ワンの本は「自分の家までネタにするとはさすがだなあ上手いなあずるいなあ」と思いましたが、今回紹介する『恥ずかしい読書』は軽快な読書論。その本の冒頭近くで、永江さんが提唱しているのが「歯磨き読書」です。

歯磨きをしながら、本を読む。考えてみれば、確かに歯を磨いている間埋まっているのは片手と口だけで、他の部分はガラ空きなんですね。普段歯磨きをしながら何を見たり考えたりしているかと問われれば何だかたいしたことはしていない気がしますから、それならば本でも読めばいい。永江さんがオススメしているのは特に、難解な思想書などの大物。しっかり机に向かって勉強、となってしまうとそれだけで大事になってしまうので、そういった本こそ敢えて歯磨きでもしながら毎日少しずつ気楽に読んでいったほうがいいだろう、というわけです。

ぼくは昨年末にこの永江さんの本を読み年始からこの「歯磨き読書」をはじめたばかりですが、実際にこれが、やってみるとものすごく良い。特に朝は、眠い頭を緩やかに覚ましながら、同じ一文を何度も読んだりするのが妙に気持ちいいんです。どうせ歯磨きのための時間ですから、「ヤバい、まだ1ページしか読めてない」といった陥りがちな焦りに翻弄されることもありません。時につい手が止まっていたり、逆につい磨きすぎてなんだか舌がおかしくなっていたりもしますが(永江さんによると歯磨き粉をあまりつけないのがコツです)、それでも気づけばいつの間にか口はすっきり、頭もすっきり。さて今日も頑張ろう、と、調子よく一日が始まります。
ぼくは永江さんのように30分も歯磨きする習慣がなく、かつ歯を磨く場所(まあ、キッチンなんですけど)が冬は鬼のように寒いということもあり、せいぜい一日に2ページくらいしか読めません。それでもずっと読もうと思っていた本ですから、極論すれば永遠に読み終わらなくたっていい。まあこのペースでたまにサボっても半年あれば十分読み終わるし飽きたら換えればいいし、と思いながら楽しく歯を磨いています。ちなみに往来堂でこの話をしたら店長の笈入さんも歯磨きをしながら宮台と誰かの対談だかを読んでいると言っていましたが、さてぼくはなんだか急に、今朝の続きが読みたくなってきましたよ。(内沼)



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