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木村威夫(20041015fri)
有楽町に着いた時には既に夜7時、トークショウ開始も7時。しまった遅刻だ、と思いながら早足で人を掻き分けます。あたりはすっかり暗くなっていて、すっかり夜の銀座です。最近急に寒くなったけど、なんだか日まで急に短くなったんじゃないかなあ、とか思いながら交差点へ、そしてその先へ。街中の光をワインレッドに反射して建つこのビルでは、毎週金曜日にWORD
FRIDAYというトークショウが行われています。ぼくは「相変わらずこのエレベーターなんだ」とか当たり前のことを思いながら(乗ったことのない人は、銀座に行く機会があればぜひ一度)6階に上がりました。
『ツィゴイネルワイゼン』でも『ピストルオペラ』でもいいです。鈴木清順監督の作品の中の、不自然に配置されている変なモノや、いきなり拡がる不思議な風景を思い浮かべてください。木村威夫さんは、あれをディレクションしている「映画美術監督」。映画の画面をデザインする仕事、とでも呼べばいいのでしょうか。この日はその木村さんと、その初監督作品となる『夢幻彷徨』に出演している佐野史郎さんの対談でした。
舞台美術を志していた木村さんは食事が支給されるという理由で(!)、太平洋戦争がはじまる1941年に日活に入社。以後道を迷いながらも結局ずっと映画美術に携わり、日活時代に約120本、その後もフリーで鈴木清順監督や熊井啓監督などの作品の多くを手がけました。そしてその過去の作品をまとめた美術展が行われた際、精巧に再現した当時のいろいろな映画のセットを「このまま崩してしまうのはもったいない」という理由で、急遽キャストやスタッフを集め、撮ることになったのが『夢幻彷徨』なんだそうです。
今回のトークショウではその『夢幻彷徨』が特別上映されました。実際には存在するはずのない不思議な風景の中を、数名の人物がすれ違う。いくぶん過剰に(ある意味ベタに)日本とアメリカを対比しつつも、幻想的な水彩画や着物の模様などがデジタル処理で重ねられた世界は、それを単なる社会批判から遠く引き離してゆきます。
特にその、絵。元は他の映画のデザインラフのような目的で書かれたものなのですが、「これは銀座です」「これは自画像です」と説明されるそれは、色が幾重にも滲んで輪郭もほぼなく、パッと見どこが何なのかさっぱりわかりません。が、それはきっと、光なのです。「白黒のほうがいいねえ。そこでいかに色を表現するかが面白いんだ」「光が当たってなきゃ何もないのと一緒。映んねぇんだから」と繰り返す木村さんの映画美術は、いかに精巧なモノをつくっても、結局光が全てなのでしょう。色が滲んでいく部分と、光がぼやけていく部分。鈴木清順監督が死のシーンで必ず使うあの鮮やかな赤は、この水彩から繰り出された木村さんの魔術なのです。
話の流れを鮮やかに無視し佐野さんの質問にもほとんど耳を貸さず、突然挟まれる説明やエピソードの数々。「この人、これ、まだきれいだった頃。今はおばちゃんだけど」と失礼を飛ばしまくる(いろんな女優さんに向かって最低10回は言ってました)かと思えば、「思いの分かり方なんて、ないんだよ。いかに歩み寄るかってだけ」と、各監督との距離の取り方をまじめに語ったりします。ぼくも含めて、最初どうなることかと思って危なっかしがりながら聴いていたオーディエンスも、最後には皆満足げな顔で拍手しています。『帝都伝説』だったかの撮影では昭島になんと路面電車まで走らせて銀座の街を再現したそうですが、ショウが終われば皆それぞれの彷徨へと、本物の銀座の街へと消えていくのでした。(内沼)
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