桜上水団地(20040410sun)

花見熱も下がり、葉桜の下を花びらをあびて歩いていると、そのまま歩き寝できそうなくらい気持ちのよい天気が続いています。予定のない土曜日、いくつか用事を思い立ち、実家に帰ることにしました。新宿から電車で西に10分。越した先の家からたった40分のところなので、帰ろうと思えばいつだって帰れるのですが、そうは言ってもやはりなかなか帰らないものです。十数年前から1ヶ月前まで、毎日毎日使っていた駅を降りてすぐのところに我が桜上水団地のシンボル、大きな欅が見えて、うーむ、セタガヤクだ、と妙に実感しました。

「団地に住んでるの」って言ったとき、「団地!いまどきいるのね」的な反応が非常に多いです。団地にまつわるいくつかのイメージは決して素敵なものじゃなく、むしろ「一昔前」感が高くて、高校生の頃なんかは団地じゃなくてマンションって呼んで、小さな見栄をはってたことも。そんな団地というものが、なぜかこの頃愛しくてたまりません。

公団桜上水団地は東京オリンピックの年にできた全17棟440戸からなる大きな大きな集合住宅地です。真ん中には名物桜並木、住棟の間にはかならず大なり小なり公園があって、管理組合が比較的頻繁に手入れをしているにも関わらずまるで鬱蒼としたジャングル状になっています(雨の日は緑が嬉しそうで熱帯雨林の如しです)。さらに近年住民の間で庭いじりが猛烈にはやっているらしく、土のあるところには残らず小さい花や木が様々な趣味で植えられています。引っ越す時に最後に見た冬の風景から一転、壮絶に緑や赤の原色に伸びている草に、やっぱりちょっとここは素敵かもしれない、と見直しながら、最近活発化している桜上水団地建て替え議論のことを思いました。

例えば高齢化が進むこの団地で、最上階である5階に住んでいるお年よりも多いのにエレベーターが1基もないこと、コンセントの数がすごく少ないこと、結露がひどいこと、立て付けが悪いこと、外壁がぼろいこと(あまりにぼろいのでわたしはある時期まで「ここがわたしのおうちよ」って言えなかったのです)。古さに対する不満は、限りなく挙げられます。耐震性だって不安です。そういう訳で建て替えの話が持ち上がり、ディベロッパーがプランを作り、建て替えは現実にむけた動きになってきました。これに対して、ありえないくらいの緑環境や、金銭的事情などのために、反対を唱えるひとも多くでてきました。

古くても使えるものは工夫や愛着をもって大切にします。でも、あたらしいものをあたらしい形で育てていくこともできると思っています。その狭間で、わたしは建て替えがいいのかリニューアルで十分なのか、いまだに自分の結論を出せずにいます。ひとつ言えるのはこの愛しい景色は遅かれ早かれなくなるということで、これまで大きな失くし物をせずに来たわたしはそれに対して身構えてしまっているのだと思います。

さて、現金な両親はわたしが引っ越すや否や私のベッドや家具をリサイクルに出し、わたしに属するものはもう家に残っておらず、その手持ち無沙汰が嬉しくてとろとろ昼寝をしていたら、プオー!!!という音。窓を開けたらリヤカーの豆腐やさんがいました。思わずボウルを手に駆け寄っておしゃべりしていたら、同じ棟のひとが下りてきて、ぞくぞくひとだかりです。住んでいる間には知らなかった風景。建て替えが終わったら風景は間違いなく大きく変わるだろうけれど、きっとそれもまた時間のつくる毎日の小さい変化で、なじんだあたらしい風景を作っていくんだろう。人と地域にかかわるものだから決してゼロからのスタートではないし、切られても木が伸びるみたいにまた育っていけばいいことなんだ。そのためにみんながちょっとずつがんばれるかどうか、それが大切。建て替えについてまだ結論はでないけれど、私はそれに関わっていたいと思ったのでした。(山田)

*おそらく近々なくなってしまう、このキュートな団地の風景をなにかの形で残したいと思っています。よいアイディアがあったら、ぜひ教えてください。


 

用語集トップ