ジョゼと虎と魚たち(20031220sat)

映画館で恋愛映画を観ること。私にとってこれほどこっぱずかしいことはありません。じゃじゃーんと浮気してみたり、いじわるなライバルにひきさかれたり、恋人が死んじゃったり、これでもかという大仰なストリングスが流れて、波止場や交差点で叫び、涙を流し抱きしめあう。こんな心臓に悪い恋愛したくないっ!と思いつつ、‘グスグスグス'なんて鼻声が客席からわいた日には、首をしめられた鶏みたいな顔でトイレにこもっちゃうことでしょう。そんなかわいくない私ですが、公開中の‘ジョゼ虎'、くるりが音楽?伊賀大介スタイリング?千鶴ちゃんかわいーい!なんてちょっとミーハー触覚に引っかかったので、昨日三角の目をしながらも観にいってきました。結果、はまってしまいました。

キョウレツかつ端整な世界を持つ、脚の不自由なジョゼと、女の子と適当に遊んだり就職したり、とことん普通の大学生恒夫君を主人公に、人生にきっといくつかある恋のひとつについて、始まりから終わりまでを撮っています。ジョゼにまつわる数多のファンタスティックな設定にも関わらず、清潔で今っぽくて身近なのはきっと、誰かと誰かが何かのチカラで引き合って、街も空も生活も、悪趣味なラヴホテルでさえも、すべてのものがあまりにきれいに見える、そんな普遍的な瞬間をつかんでいるからでしょう。

村上春樹の‘スプートニクの恋人'に、人が恋に落ちたり、ひかれあったりするのは、彗星の軌道がある一時期重なるのと似ている、という話がありました(ちょっと違うかな)。読んだ当初は、なんて孤独な考え方なんだろう、とこわかったのですが、しばらくの時間をかけて、恋愛に限らず誰かと誰かが仲良くなりはじめたときの力強い引力や、それぞれの世界が少しずつ離れていくさまに重ねて、妙に納得していったのでした。この映画を観て、その話を思い出しました。

化学反応を起こしたふたりの見る世界は、幸せできれいで本当に楽しい。そんな不思議なチカラの持続する時間は結果として短かったり長かったりするだけで、その真っ只中では「ずっと」とか「絶対」とかはただただ願うことしかできないのです。だけど、願う気持ちがふたりを持続させていく。にも関わらずちょっとずつずれていく。引力がふたりに働いたあと、いつかは離れることをジョゼと私たちは知っていました。

エンディングテーマでくるりの岸田君が「僕には旅に出る理由なんてなにひとつない。」と歌います。理由はないけど僕らは旅に出る、飛び出してゆく。理由なく変化した気持ちの残酷さに、自分でも驚いて泣いたりしながら、それでも生活が続いていく。湿っぽいわけじゃないけど、ちょっとさみしいのが私たちのリアル。そのことをさらっと誠実に物語にしたこの映画が、ドラマチックじゃない日常を生き続ける私たちの心に生の感触でつきささるのは、ちっとも不思議なことじゃないのです。(山田)



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